薄井洋行准教授が第15回GSC賞奨励賞を受賞
~ 安価でありふれた材料から高性能な次世代蓄電池負極をつくることとその意義 ~
概要
薄井洋行准教授・坂口裕樹教授の研究グループは,資源的に豊富かつ安価で人体・環境に優しい材料であり,化粧品や日焼け止め・石鹸にも使用されているルチル型酸化チタン(TiO2)を用いて,高性能な蓄電池負極を作製することに成功しました.このルチル型TiO2が,現在実用化されているリチウムイオン電池の電極として優れた性能を発揮するのみならず,リチウムではなくナトリウムを利用して動作する次世代蓄電池であるナトリウムイオン電池の電極としても有望な材料となることを世界で初めて発見しました.我が国の産業の持続的な発展と低炭素社会の実現のためには,より安価な蓄電池を開発し普及させることが必須です.本研究成果は学術界だけでなく産業界からも非常に高い関心が寄せられ,新化学技術推進協会より第15回GSC賞奨励賞に値すると認められました(業績名:低炭素社会の実現に資する次世代蓄電池のための酸化物系負極).

図1_薄井准教授とGSC賞奨励賞の表彰状・楯(授与団体である新化学技術推進協会は,三菱化学や住友化学などの業界最大手の化学メーカー91社(正会員)と,研究機関や学会等の34団体(特別会員)で構成される公益社団法人であり,産学官の交流連携活動の支援により日本の化学技術と産業の発展を牽引する組織です.)
研究背景
低炭素社会を実現する最大の鍵は,太陽光・風力等の再生可能エネルギーを有効活用できる定置用蓄電池や,走行時にCO2を一切排出しない電気自動車を普及させることにあります.現在の電気自動車などの電池の負極に使用されているチタン酸リチウム(Li4Ti5O12)に比べ,ルチル型TiO2は約1/50もの低いコストで入手でき,その結晶のc軸方向にLi+移動に非常に適した拡散経路を有しています.ただし,ab面内方向には拡散しにくい性質を持つため充放電反応が極めて遅く,このまま負極に用いても乏しい性能しか得られないことが知られていました.これに対し,本研究グループはこの異方的なLi+拡散能の高さに注目しました.もし,TiO2の形態の制御によりその潜在的なLi+拡散能が発揮できれば,既存の負極をはるかに上回る性能が得られるに違いないと考えたからです.
研究成果
本研究では実用化を前提とし,安価かつ工業化が容易な合成法であるゾル-ゲル法を用いて種々の形態を有するルチル型TiO2を調製し,その負極特性を評価しました.TiO2の粒子サイズを30 nm,結晶子サイズを13 nmとした場合に,粒子内部まで容易にLi+が拡散でき充放電性能が大幅に向上することがわかりました.また,TiO2へのNbのドープにより電子伝導性が1000倍以上に高まることで,大電流密度(50C,通常は約1C)での高負荷試験においても120 mA h g−1の可逆容量を維持する超高速充放電性能が得られました.これは,容量の面では実用の黒鉛やLi4Ti5O12の性能をも上回るものです.このNb-doped TiO2負極は1000回の充放電サイクルを経た後でも約90%の容量を維持し,次世代負極材に相応しい極めて優れた耐久性を有することも実証できました.
一方で,この負極はLi+より2.4倍も大きい体積を持つNa+を可逆的に吸蔵-放出することを世界で初めて発見しました.資源の安定的な供給が懸念されるLiを用いるリチウムイオン電池に対し,資源の心配が無い材料で構成でき,かつ安価なナトリウムイオン電池は魅力的な次世代蓄電池です.本研究ではルチル型TiO2がナトリウムイオン電池に対しても有望な負極材料であることを見出しました.
本研究成果は,アメリカ化学会が発行する学術雑誌「ACS Applied Materials & Interfaces」に掲載されました.

図2_ゾル-ゲル法で調製したルチル型TiO2からなる負極の高速充放電性能(粒子サイズが30 nm,結晶子サイズは13 nmのときに性能が大幅に改善することを確認しました.さらに,Nbのドープにより電子伝導性が1000倍以上に高まることで性能が飛躍的に向上し,実用化された実績を有するLi4Ti5O12負極をも上回る性能を達成できました.)

図3_ルチル型TiO2の結晶構造の中を拡散するLi+の模式図(結晶子サイズをある程度の大きさに維持しつつ粒子サイズを小さくすることで,Li+が粒子内部にまで容易に吸蔵されると考えられます.)

図4_Na+を吸蔵するルチル型TiO2の結晶構造(安価で人体・環境に優しい材料であるルチル型TiO2がその結晶格子中にNa+を可逆的に吸蔵できることを世界で初めて明らかにし,ナトリウムイオン電池の負極として有望な材料であることを発見しました.)
今後の展開
今後はNb以外の不純物元素を添加することで一層の性能向上を試みるとともに,より実証的な耐久試験を行って実用化を目指す予定です.
蓄電池産業は日本の経済を支える基幹産業の一つですが,現在では安価な電池を作る中国・韓国企業の台頭により脅かされている状況です.かつて吉野彰氏をはじめとする日本の化学者・企業によりリチウムイオン電池が開発され世界中に普及していったように,ナトリウムイオン電池もまた我が国で開発され産業の礎となるべきと期待します.次世代蓄電池への期待が高まる今,その材料開発は全く新しい局面を迎えつつあり,先入観にとらわれない自由な発想が強く求められています.本研究グループでは未来の化学産業を担う若い世代の発想も取り入れながら安価でより高性能な蓄電池材料を開発することで,我が国の産業の発展と資源・エネルギー問題の解決に貢献していきたいと考えています.
掲載論文
標題:Nb-Doped Rutile TiO2: a Potential Anode Material for Na-Ion Battery
雑誌名:ACS Applied Materials & Interfaces, 2015, 7, 6567−6573.
(応用を重視した材料化学分野の雑誌の一つであり,2015年のImpact Factorは7.14です.)
URL:http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/am508670z
用語解説
ゾル-ゲル法
金属アルコキシドを出発溶液とし,加水分解・縮重合などを経てゲル(ゼリー状固体)を作製し,さらに熱処理を行うことでセラミックスを得る手法です.安価で大量生産に適した合成法です.
リチウムイオン電池
プラスの電荷を持つLi+を負極・正極が吸蔵-放出することで充電-放電を行う蓄電デバイスです.高性能化のためには,より多くのLi+を可逆的に素早く吸蔵-放出することが求められます.
ナトリウムイオン電池
次世代蓄電池の一つであり,Na+を負極・正極が吸蔵-放出することで充電-放電を行うものです.安価で資源制約が少ない材料で構成できる特長があります.